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アニメ/おジャ魔女どれみ/選択肢 

おジャ魔女どれみドッカ~ン40話『どれみ魔女をやめた魔女』を今のみそしる共同体に適合解釈してみたいと思います。
どれみ魔女をやめた魔女』は細田守監督で、非常に評価の高いアニメ作品です。細田守はスタジオジブリの『ハウルの動く城』の監督をやるはずだった人で、ジブリといろいろあって辞めさせられてしまった?ようですが作家性の秀でた方です。『時をかける少女』なんかも細田守の監督です。

どれみ魔女をやめた魔女』には、いくつかのモチーフが繰り返し使用されていますが、今回は「選択肢」を中心的に解釈しようと思います。
細田守のモチーフ、分かれ道


話のあらすじは、
どれみの前に魔女をやめた元魔女・未来さんが現れる。
ガラス細工を作っている未来さんにどれみは惹かれていく。
■どれみがコップを作るために未来さんの家へ通うようになる。
未来さんの思い出の写真を発見し、魔女と人間の時間の違いを知る。
■コップが完成する日、どれみは未来さんにある選択を迫られる。
■魔女として生きるか、人間として生きるか…。
■「明後日ではなく明日」までにどれみはどちらかを選ばなければならない。
みたいな感じです。

さて、みそしる共同体は永遠の20代前半であることは間違いないのですが、20代前半ならではの選択を迫られる時期でもあります。就職だったり、就学だったり、ニートだったりフリーターだったりひきこもったり、結婚だったり留学だったり、沢山の選択肢があるように見えます。
おジャ魔女どれみ、五叉路の選択肢

どれみ』の中で、どれみ未来さんに選択を迫られます。
表向きには未来さんについてヴェネチアに行くか行かないかという意味の選択と、魔女として生きるか否かという人生の選択です。しかし私はこの選択の内容よりも、未来さんが「明日来て、明後日では駄目」という言葉が重要だと思います。
私なんかは特に、選択しなければならないことを先延ばしにする傾向があります。それは今このままでフラフラしていることが心地よいからです。現状に甘んじているほうが楽だし、わざわざ急いで厳しい選択をする必要がないと思うからです。のだめ17巻で千秋が「誰だって生き急いでる」という趣旨のことを言いますが、それはなにか真っ直ぐな目標を持っている人だけで、私みたいな人はそんな風には思えません。でもそれでも、いつかはこのままじゃ駄目なんだろうなというのは薄々気付いています。
細田守のモチーフ、分かれ道、どれみ


そこで未来さんはタイムリミットを設けます。
魔女として生きるか、人間として生きるかというどれみの人生最大の選択にも関わらず、未来さんは「明日」どちらかを選べと言います。これはかなりのドラマですが、実にリアルです。なぜなら実際生きているこの世界というのは、そうした即時的な選択で一生が決まってしまうことがよくあるからです。

私なんかは「一生に関わることなんだから、じっくり考えてから決めるのが良い」と思っていますが、結局それは問題の先送りに過ぎません。そうやって変わらない毎日を送るのも幸せかも知れませんが、そういう日々に終わりがやってくるのも事実です。
例えば学校生活の終わりは「卒業」という形でやってきます。ただし「卒業」はタイムリミットが目に見える形で設定されています。だから私たちは「卒業」までに選択をすればよいと考えることができます。
でも人生単位だと、そういうタイムリミットや期限は目に見えません。目に見えないし、誰からも設定されません。だからこそ選択しないで済む日々は永遠に続くかのように思えるし、安心して過ごすことができます。ただし何度も言うように、いつかは自ら選択しなければならないし、それがどのような形で急に迫られるかは誰も分からないのです。
細田守のモチーフ、分かれ道、おジャ魔女どれみ


どれみ』にはこうした選択しなければならないという必要性と、突発的選択というか考えるのに十分な時間を与えられないでも選択しなければならないということが描かれています。
大事なのは、人生を決める一大決定をするのに「十分な時間」とはどれくらいなんだろうということです。人生に関わることは重大なので、考える時間は沢山欲しいし、後回しに後回しにしたいと思いますが、いつまで後回しにすれば、「この選択で間違いない」という確信を持って決定することができるのでしょうか。実際にはきっといつまで経っても「これが正しい」なんて確信を持った選択はできないんだと思います。どんな選択をしたって後悔することがないということはありません。
それは「もし別の選択をしていたら、どうだったかな」と考えてしまうことからも明らかです。

そうした心情をどれみが上手く諭している言葉があります。
ガラス細工を作るときに、「吹く」と「回す」を交互にやるシーンがあります。これを見た大人は「吹きながら回す」のが一番良いのにと思ってしまいますが、「あたし、昔から二つのこといっぺんにやるの苦手なんだ」と自分で認めているようにどれみには出来ません。これは単なる不器用という意味に留まるものではなく、一つの選択をしたら、もう一つは捨てなければならないという意味で捉えることができます。
吹くと回すの選択


「吹く」ことと「回す」ことはそれぞれ別の選択です。それらは二股に分かれているので決して交わることができません。それなのに私は「吹きながら回す」という選択肢を選ぶことができると思っています。「仕事」と「趣味」は別の選択ですが、「趣味の延長線上にある仕事」を選ぶことができる気がするし、「経済的安定」と「好きな人」が決して交わらないのに、「経済的に安定した彼氏」という選択肢がある気がします。

もちろん二つに分かれているような選択を折衷できる選択肢もどこかにあると思います。しかし、それを選択したときでさえ、私たちはそれ以外の選択肢は捨てているのです。そしてそれを後悔するかも知れません。
でも実はそうやって沢山あるかのように見える可能世界は、自分が今ここにいるという一回性の上に成立しているものに過ぎません。どんな選択をしても「イマ・ココ」からは離れられないし、「イマ・ココ」を生きるより他の選択はありません。そのことに自覚的であることの大切さが未来さんの態度に表れているのですが、どれみはそれに気付いたでしょうか。私も「イマ・ココ」をちゃんと生きてるでしょうか。
どれみの選択肢

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【おジャ魔女どれみ】

おジャ魔女どれみおジャ魔女どれみ(おじゃまじょどれみ)は、東映アニメーションが15年ぶりに制作した、オリジナル魔法少女作品。版権上、原作は東堂いづみになっており、魔法少女アニメ|アニメ・コミック・ゲームなどを展開している。.wikilis{font-size:10px;color:#6666
  • [2007/02/23 16:36]
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