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読書/過防備都市/五十嵐太郎 

セキュリティの必要性が問われる現代社会において進むべき道は3つ。
・シェルターのように要塞化すること。
・監視の目を隅々まで行き届かせる透明化。
ドゥルーズの提唱するような管理社会

監視カメラやNシステムはテクノロジーを利用した情報管理社会へ向かう方向性を持っている。そこにバイオメトリクス(生体認証)が加わることで、個人情報がデータベース化され、トレーサビリティ(追跡可能性)を持つことが出来たり、特定の個人・団体を特定の場所から排除することが可能になる。
これは3番目の管理社会に当てはまるもの。

一方で自警団という形でセキュリティを高める方法もある。「破れ窓理論」でニューヨークを浄化したように、ストリートの犯罪要因を早めに摘み取るために地域コミュニティを利用する。監視目的で街を練り歩く集団はある意味で住民の警察化といえる。警察は空間デザインにセキュリティを要請し、暗がりをなくしたり透明性を高めたりする。
これは監視の目を行き届かせる透明化であり、2番目に当てはまる。

学校は2001年6月8日に起きた大阪教育大学付属池田小学校での乱入殺傷事件というカタストロフを契機に要塞化が進む。入り口を一つに絞り警備員を配置したり、監視カメラを導入したりする。
住宅は外=危険とした場合、最後の安全地帯。しかしそこが安全であるためにはセキュリティが必要となってきている。セキュリティタウンのようなゾーニングされた地域も完成し、空間は閉鎖の方向へ進む。
学校のシェルター化、空間の閉鎖は要塞化という1番目の状況である。

これらは全て他者への信頼に基づく近代社会の機能不全であり、匿名ではいられない空間作りが目指されている。
ほんとはもっと違うんだけどメモってことで。

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