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マンガ/.hack/すべてがFになる 

すべてがFになる すべてがFになる
森 博嗣 (2002/02)
幻冬舎

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こないだ原宿のブックオフに行ったら『.hack//黄昏の腕輪伝説』と『すべてがFになる』が100円で売ってたので買ってきました。どちらもマンガ版っていうかコミックになってるやつです。
『.hack』は原作浜崎達也、漫画依澄れい。『すべてがFになる』は原作森博嗣、作画浅田寅ヲ。漫画じゃなくて作画ってあたりが浅田寅ヲらしいですね。どちらも原作を読んだことがないので邪道な読み方なのかなーと思いつつ、とりあえず『Fになる』からちょこっと感想。ネタバレしまくりんぐだと思うので気をつけてください。

森博嗣の名前は本屋さんでちらっと見かけるだけで、今まで一度も手に取ったこともなかったのですが、この本のジャンルはミステリ物になるんだと思います。
ミステリなんだけど、すごく機械的というか硬いというか…。使われるトリックがコンピュータに関わることばかりだし、無駄なことが一切ないというかなんというか。浅田寅ヲの絵がきちっとしているのも手伝ってか、随分カチンコチンの雰囲気を受けました。
UNIX、FTP、トロイの木馬?16進法?2バイト?この辺の理系要素というかコンピュータ用語みたいのについていくのに必死でした。それでもトリック自体はちゃんと読めばわかるようになってるので助かったけど。話自体は面白かったです。

で、なんでそんなにカチコチな感じがしたんだろうと考えてみると、一つは頭のいい人ばっかり出てくるからだと思います。
原作ではどう書かれているのかわからないけれど、コミック版では「一般人」がほとんど登場しません。キャラ的には主人公の妹がイマドキな服装で、あんまり役にたつ感じのしない女性だったのが一番一般人に近かったかなー。でも彼女も謎解きのヒントを出せちゃうから微妙です。記憶力がいい人でした。
『名探偵コナン』的な、阿笠博士とか元太君みたいなキャラが出てこないと息苦しいんだなーと思ったり思わなかったり。あれはあれで異質な子供たちだと思うけど…。

あともう一つあって、物語に出てくる全部に意味があるってのが無機的感じの気がしました。探偵役の犀川が「すべてがFになる」という言葉に「意味がある。必ず意味がある。」って拘ってることが印象的で、無駄なことはないっていう発想が基本にあるようでした。
フーコーが言葉とか言説はエコノミーでなければならないと言っています。言葉に限らず、社会的事象がどんどん経済的になっていくということだった気もしますが、これは簡単に言うと無駄がなくなるということです。プログラミングとかのことはよくわからないし、このブログのレイアウトを変更することすらままならない私ですが、HTMLとかを見ると無駄なことやったら駄目に作られてるんだなーという感じがします。

これがまた息苦しい…はぁはぁ。例えば助手の女性は短髪でオトコらしい性格でスカートとかはかない人なんですけど、私なんかはそれをキャラ要素として楽しもうとします。でもこの設定がトリックに関わってきちゃったりして、ええーみたいな。「遊び」っていうか「余裕」っていうか「無駄」がないよ、みたいな。
全てが経済的で、あらゆることが謎解きのカギとして配置されてる感じでした。計算されてるというか。ミステリだから当然なんだろうけど…今思えばミステリとか全然読んだことないんだった…。
ミステリで無駄やってたら駄目ですよね。

でもミステリでも推理物でも、実はトリックに関係ない部分は膨大にあるはずなのに、作者はそれを省くわけですよね。
物語内部の人物からしてみれば、事件を解決する方向に意識が向いているから事件に関係あることしか見えなくなっている状況なのかも知れないけれど、作者にしてみたら関係ないですもんね。事件と全然関係ないことばっかり書いて、探偵を困らせてやればいいのに…。神の力を見せるけてやればいいのに…。

関係ないけど、自分を監視するための監視システムを自分で作るっていうのは難しいと思いました。
あとさらに関係ないけど、最近ニコニコ動画で「Google Earthで見つけた面白い場所」というのを見ました。これはただグーグルアースで建物とか地形とかを上空から見ると、ハート型に見えたり星型に見えたり文字が書かれてたりする場所があって、そういうのが面白いよねーって動画なんだけど、これをいろんなウェブサイトに適応できないかなと思いました。
普通の建築物は真上から見られることなんて目的として建てられるわけじゃないし、地形なんて人工的にどうこうできる範囲のものではなかったりします。でもそれをGoogleEarthを使って真上から見ている側が意味づけすることで、面白いと思うことができるわけです。全く別の見え方を提示させてくれる技術によって遊びの幅が広がるわけです。
同じ物なんだけど、見え方が違う物。

どういうことかっていうと、今見てるウェブページはインターネットエクスプローラー(IE)とかFireFoxみたいなブライザで見ているのが普通なんだけど、それをもっと別のアプリケーションを使って見ることはできないかということです。
例えばウェブページはソースコードのHTMLで表示することができるし、もっと細かくすると?2進法で書かれているものが見えるし、アプリケーションによって見えるものが全然違ってくる。普通のウェブページみたいに文字と絵で何かを伝えるっていう目的を達成するためには「ウェブブラウザ」で見てもらわないといけないけれど(ソースコードでそれが分かる人もいるかも知れないけど…)、情報の共有を目的としないでネットサーフするためのアプリケーションがあってもいいんじゃないかと思います。
もしかしたら偶然面白い数字列を見つけられるかも知れないし、もしかしたら面白いAAのようなものが見つかるかも知れないし、「にしこり」(ゴジラ松井)みたいのも見つけられるかも知れないし。
田代まさしの下の方にあるやつとかが見つかったりしないかな。
同じデータがアプリケーションによってそれぞれ別の見え方をするというのは『動物化するポストモダン』で東浩紀が書いてたような気がします。

長くなったので『.hack』はまた今度…。

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