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読書/テレビゲーム文化論/桝山寛 

テレビゲーム文化論―インタラクティブ・メディアのゆくえ テレビゲーム文化論―インタラクティブ・メディアのゆくえ
桝山 寛 (2001/10)
講談社

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久しぶりに読書をしてみた。
随分昔に出版された本…といっても6年前だけど、テレビゲーム・パソコン関係の世界を中心に据えた本なので、たった6年前が非常に昔のように感じられてしまう。IT系の技術基盤の更新の速さはどのジャンルにも勝っているように思う。もちろんITなんかは日常生活に深く関わっているので、それだけ進化の度合いが分かりやすいというのはあるんだろうけど。まさか栃木の田舎のJR改札口が自動改札になるなんて誰が予想できたでしょう。

そして本の内容とは全く関係ないけれど、です・ます調を脱するのが今回のブログの目的なのだワトソン君。言い切り系というか、見られている感を意識しないで書くのだ。

本の内容は副題の「インタラクティブ・メディアのゆくえ」の通り、今後のテレビゲームがどのように進化していくかについて大まかな見通しをつけている。まずゲームを「相手をしてくれるメディア」と定義づけした後、これからはロボットの時代が来るよと桝山氏は言っている。
AIBOというSONYが売り出したネコ型ならぬ犬型ロボットがかろうじて記憶にある。1999年に初代AIBOが売り出された当時、その爆発的な人気によりホットイシューとして扱われた。この本はこの流れが後に続いていくものとして考察されている。
しかし、現在は2006年にAIBOは生産中止となり、その他のエンターテイメントロボットは現れていない。

桝山氏が今のゲーム状況を見てどう思っているかは気になるところだが、少なくともこの本の中では、インベーダーゲームがきちんと形になって売り出されヒットするまでの歴史に30年を費やしたことを踏まえて、ロボットにも同じ程度の時間が必要なのではないかと述べている。
ウェブ進化論読んだ時に、パソコン関係の「性能が上がっても価格が下がる現象」になにか名前がついてたような気がするけれど、それを考慮するなら30年より短いスパンを想定してもいいような気がする。ただこの本はまだPS2が出たばっかりで、PS3WiiニンテンドーDSPSPも一応書いとくけどXboxも発売していない時代の話だから、今どう考察すべきかはまた別なんだろうな。

それでも何点か鋭い指摘をしていたのをピックアップ。
・ゲーム機側からの「身体の拡張」という点。
最終的にはゲームが身体を持ってロボットになるという著者の主張の前段階に位置するものだが、ゲーム機とコントローラという既存のゲームシステムが追いやられている現状がある。分かりやすい例で言えばWiiが売れてPS3が売れていない。
Wiiはあのコントローラ(テニスラケットそのものになり、ボクシンググローブになり、時には自分の手にすらなる)こそがセールスポイントだったのは言うまでもない。それに対するPS3コントローラを今まで通りの形で売り出した。モーションセンサ入りコントローラとかいうので、ボタンを押すことで信号を送るのではなく、コントローラ自体を動かして操作するものもあるようだけど、Wiiのインターフェイスには勝てないし目指している方向性が違う。
DSも同じようにタッチペンで操作する。また、息を吹きかけたりマイクに向かって喋ったりする。また、DOCOMOが必死になってCMをやっているけれど、携帯電話を使ったゲームもボタン操作から、携帯電話機自体を振ったりして操作するゲームが出て来ている。

こうした流れは、ゲームが「新たな身体」を必要としているという桝山氏の主張に沿うものだと考えられる。ここら辺はせっかくなのでもう一冊本を出してもらいたい。

・「視線の共有」はロボットだけではなく、ブロードバンド時代の人間同士のコミュニケーションにも大きな課題となるだろう…という点。
「視線の共有」とは例えば濃いサングラスをかけている人と話をしにくい感じを思い浮かべてもらえばいい。相手の目が見えること、相手が何を見ているかを知ることはコミュニケーションに大事なことらしい。

これを読んで即座に思い浮かんだのがニコニコ動画だ。youtubeでも悪くないのだが、youtubeにはリアルタイム性が欠けている。その場面その場面で瞬時に思いついたこと、笑った状況などをすぐに書き込んで画面に反映させることができるニコニコ動画の方がインタラクティブメディアとしては優れている。
ニコニコ動画は何万人という人間が、同じ動画を見ている。同じ動画を見ているという視線を共有している。ネットゲームでも同じようなことはありえるかもしれないが、ニコニコ動画は過去のユーザーの視線が蓄積されていくという部分が秀逸だと思う。ニコニコ動画は遊び場と遊ぶ道具と遊び相手を与えてくれた新しいゲーム。しかも遊び相手が時間を越えているという部分が凄い。リアルタイムでコメントが増えると変な共感を持ったり、過去のコメントに笑わせてもたったり。
あと動画ごとにルールが自律的に作られているというか。ここの盛り上がるところではおっくせんまん!の弾幕とか、歌詞職人のために下コメントは自重するとか、自重をじじゅうと読むとか。ルールがインフラ側じゃなくてユーザー側に作られていくのは面白いゲームだと思う。
涼宮ハルヒの憂鬱おっくせんまん
おっくせんまん!おっくせんまん!
(先ほどニフニフ動画みてきた。ニコニコ動画のようにコメントが動画の上にされないことで、少し視線がズレてる感じがある。それからコメントが流れるのが遅すぎてリアルタイム性というかレスポンスが酷い感じもある。どっちにしろあれは無理。なんで立ち上げたのか理解不能。)

上記2点以外でも個人的に面白い部分はあったけど、とりあえずここまで。出版当時に読めばまた別の発見があっただろうし、今読んでもゲーム業界の変化の速さを確認できるという意味でいい本だと思います。

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