マンガ精読/のだめカンタービレ17巻
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のだめカンタービレからのクラシック入門さんというサイトに面白い記事があったので持って来ました。こういう読み方もあるのかー。なるへそ。
って感じで、マンガを本気で読んでみようのコーナーです。
(1)オクレール先生が、のだめにコンクールはダメと言った理由は?
P.131のマジノ先生とオクレール先生の対話がヒントになります。P.75の「目標」に関する会話が伏線です。マジノ先生はのだめがコンクールに出て優勝してしまう可能性を示唆し、オクレール先生も同意します。しかしオクレール先生が「それが怖い」と言います。「それ」が指しているのは、コンクールで優勝してしまうことでしょう。
では、なぜコンクールで優勝することがいけないことなのでしょうか。
これは17巻の主題の一つの「目標」に関することだと思います。のだめが意識できる範囲での目標は千秋と共演することですが、千秋と共演するためにはそれなりに世間から認められる必要があります。コンクール優勝=千秋との共演へ繋がるわけです。現にのだめがコンクールに出たいと言い出したのは、千秋の演奏後、ユンロン達がコンクールに出るという会話を聞いてのことです。千秋との共演のためにはコンクールで評価されることが必要だと思ったのかも知れません。
しかし千秋との共演も、コンクールでの優勝も、どちらも依存型の目標です。千秋がいなくなればコンクールに出る意志すらなくなります。こうした依存型の目標からの離脱こそが、オクレール先生がのだめに求める「目標」なのだと思います。だからのだめが千秋との共演への時間を縮めてしまうようなコンクールへは参加させられない。千秋との共演を終えた後ののだめは目標を失い、なんのためにピアノを弾くのかわからなくなるからです。そうならないように、のだめには自立型の目標を設定する時間が必要なのです。
さらにこれに一役買っているのがミルヒーです。17巻で千秋に「弾き振り」をさせたのはミルヒーです。今回の「弾き振り」はピアノと指揮を一緒にこなす方法です。つまり千秋はある意味で、彼一人でのだめの目標を実現してしまったわけです。
Ruiと千秋の共演にあれほど嫉妬したのだめは、今回この件に関しては「ずるい」という一言しか残していません。(その代わり千秋父に嫉妬するあたりがちょっと横滑りしてる感じです。)この「ずるい」は自分の居場所のなさ、千秋がのだめを必要としないでも済んでしまうことに対する素直な感想だと思います。そしてミルヒーの狙いがまさにそれです。千秋はピアノも指揮も出来る、さらにピアノと指揮を同時に出来る、ピアノの共演者なんて必要としていないんだよというメッセージです。だからのだめは自立的な目標を早く見つけなさい、と。
この依存型の目標は千秋にも同じことが言えます。千秋の目標は千秋父がいなければ成立しない目標です。千秋が小さい頃からバイオリンをやっていたのは父のピアノと共演するためだったのではないでしょうか。
のだめのアニメLesson1の冒頭で、記憶がテーマとして使われました。千秋の飛行機事故の際に無意識下に押し込まれたお爺さんの記憶のことです。無意識だったり、記憶違いだったりということに焦点を当てていました。
それを参照するならば、自分では意識できないけれど実際に行動を決定付けているという無意識の支配が、バイオリンをずっと練習してきたこと、ピアノを練習してきたこと、のだめとのピアノ共演を千秋の目標であるかのように振舞ったこと…これらに見え隠れします。
こうした行動を千秋は「見返してやりたかった」からだと意識しています。のだめが「お父さんと共演するのが夢だったんデスね」と言うのを即座に否定します。しかし実際にはこれらは全て父と共演したいという欲求によるものではないでしょうか。この辺は理論的な読み込みよりも、父親と仲良くしたい・承認されたいという心理的なものだったりヒューマニズムなものだったりするのであやふやです。ただし、見返すにしろ共演するにしろ、どちらの目標もまた、のだめ同様に他者依存型の目標です。
というわけで、目標を依存型と自主型にわけて解釈してみました。
結局答えとしては「依存型の目標から脱するため」みたいな感じで。
見当外れなことを書いてるかも知れませんが、それも面白いので良しとしてください。
ところで千秋父の目がメガネの反射光で見えない(描かれない)というのと、父に逆らえないどころか父と表向き関わろうとしない関係なんかは、どう頑張っても新世紀エヴァンゲリオンにしか見えません。シンジ君とゲンドウにしか見えません。
こんな長い文章書けた自分が「気持ち悪い」です。
っていうか「気持ち悪い」だってエヴァンゲリオンなんじゃないの?千秋父って庵野監督なんじゃないの?そっち系でいいんじゃないの。むきー

- [2007/02/16 19:31]
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コメント
「のだめには自立型の目標を設定する時間が必要」というのはとても興味深いですね。
私はどちらかというと千秋側に立って読んでしまうので、この読み方はとても面白いと思います。
確かにのだめはつねに依存型ですものね。
だから千秋に「急上昇志向」って言われてしまうのですね。
誰かに影響されたり目標を与えられたりすると、脇目もふらずに一直線。ラフマニノフの2番の頃から今までそれは変わっていませんね。
言い換えると、のだめ自身の音楽がまだない、ということですね。
きっと、今コンクルに出ても優勝できるでしょう。
でも、のだめはそこで終わってしまうでしょうね。自分の音楽がないのですから。
そういうことをヨーダは心配しているんでしょうね。

私の言いたかったことは全てアンクルディノさんの「のだめ自身の音楽がない」という言葉が端的に表していると思います

全然関係ないですが、オクレール先生をヨーダと書き忘れてましたー。オクレールよりヨーダの方がわかりやすくていいですね!
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